ダイヘンTIG溶接機は交直両用機の電流極性切り替えと高周波出力調整を誤ると、タングステン先端溶損とアーク不安定を招く。アルミには交流とバランス調整、鉄・ステンレスには直流DCEN(正極性)が基本だ。
ダイヘンTIG溶接機の操作で最初に詰まるのは交直切り替えとバランス調整だ
TIG溶接機の操作マニュアルには「母材に応じて交流・直流を切り替える」と書かれているが、現場で詰まりやすいのは切り替え操作そのものではなく、交流を選んだ後のバランス調整を省いたまま溶接を始め、その結果としてタングステン先端が溶け、アークが不安定になり、条件出しをやり直すという回り道である。
ダイヘン製TIG溶接機は国内シェアで高い位置にあり、特に交直両用インバータ機は建築鉄骨・プラント配管・アルミ製缶の現場で広く使われている一方で、交流溶接時のバランス調整、すなわちクリーニング幅とペネトレーション深さの比率を理解しないまま運用すると、アルミ溶接で酸化皮膜除去が不足し、裏波酸化や気孔を招く。
結論を先に置けば、ダイヘンTIG溶接機の性能を引き出すには、母材別の極性選択・高周波出力設定・パルス周波数調整の3要素を個別ではなく連動して扱う必要があり、この連動が崩れるとアーク安定性、溶け込み、電極寿命が同時に悪化するため、現場では交直切り替えの判断基準、バランス調整の実務手順、タングステン径と電流の組み合わせ、パルス機能の活用法、トーチ角度とガス流量の最適化まで一体で押さえることになる。
前提条件:母材と板厚に応じた極性・電流・ガス種別の選定
母材別の極性選択基準
TIG溶接では母材の種類によって交流・直流の選択が決まり、ダイヘン製交直両用機は前面パネルのスイッチで切り替える構造であるが、選択ミスは即座にビード不良へつながるため、作業者は設定操作より先に材質確認を済ませ、極性選択の前提を固める必要がある。
- アルミニウム・アルミ合金:交流(AC)を選択。酸化皮膜を高周波で破壊しながら溶接する。直流を使うとクリーニング作用が働かず、裏波酸化と気孔が多発する。
- 軟鋼・ステンレス・銅:直流電極マイナス(DCEN、正極性)を選択。アーク集中性が高く、溶け込み深さが確保できる。
- チタン・ニッケル合金:直流DCEN。高温酸化を防ぐため裏面シールドガス(バックシールド)を併用する。
教科書では「母材に応じて極性を選ぶ」と整理されるが、現場では板厚と継手形状も判断材料に加わり、薄板アルミ(1mm以下)では交流のバランス調整を浅溶け込み側へ振らないと溶け落ちが発生するため、材質だけで設定を固定する運用には無理がある。
タングステン電極の径と電流範囲
ダイヘンTIG溶接機のパネルには推奨電流範囲が記載されているが、実際にはタングステン径で上限が決まり、径に見合わない電流を流すと電極先端が溶損してアーク安定性が失われるため、作業者は数値を読むだけでなく、その背後にある電極消耗の前提まで理解しておく必要がある。
タングステン径 | 推奨電流範囲(直流DCEN) | 推奨電流範囲(交流AC) |
|---|---|---|
1.0mm | 5〜60A | 5〜50A |
1.6mm | 50〜130A | 40〜110A |
2.4mm | 120〜220A | 100〜180A |
3.2mm | 200〜350A | 160〜280A |
交流は直流に比べて電極への入熱が大きいため、同じ径でも推奨電流上限が低くなっており、直流で問題なかった電流値を交流でそのまま使う失敗は珍しくなく、その結果としてタングステン先端が丸まり、アーク長の制御が難しくなる傾向が見て取れる。
シールドガスの種類と流量設定
TIG溶接のシールドガスは純アルゴンが基本であるが、母材と板厚で選択は変わり、同じTIGであってもガスの選び方次第でアークの性状、溶け込み、ビード表面の健全性が変化するため、電流設定だけを詰めても条件出しは完結しない。
- 純アルゴン:アルミ・ステンレス・軟鋼の薄板〜中板に使用。アーク安定性が高く、ビード外観が美しい。
- アルゴン+ヘリウム混合ガス:厚板ステンレスや銅合金。ヘリウム混合により入熱が増し、溶け込み深さが確保できる。
- アルゴン+水素混合ガス:オーステナイト系ステンレスの厚板。水素添加で溶融池流動性が向上し、裏波形成が安定する。ただし炭素鋼には使用不可(水素脆化リスク)。
ガス流量は母材厚と溶接姿勢で調整し、下向き姿勢で薄板なら毎分6〜8リットル、立向き・上向き姿勢では毎分8〜12リットルに増やすが、流量不足はシールド不良と酸化を招き、反対に過大流量では乱流が発生してビード表面へ巻き込み欠陥を生むため、数値は多ければよいというものではない。
ダイヘンTIG溶接機の基本操作手順
Step 1:電源投入と極性切り替え
ダイヘン製インバータTIG溶接機(例:INVERTIG 300P、INVERTIG 400P)は前面パネルに交直切替スイッチを備えており、電源投入前の確認を省くと設定以前の段階で不具合要因を抱え込むため、作業者は通電前点検を独立した作業ではなく操作手順の一部として扱うべきである。
- 一次側電源が三相200Vまたは単相200Vに適合しているか確認(銘板記載の定格電圧と照合)。
- 冷却水タンク(水冷式の場合)の水位を点検。水量不足は過熱警報を引き起こす。
- トーチケーブルとアース(溶接リターン)ケーブルの接続を確認。接触不良はアーク不安定の主因となる。
電源投入後は、前面パネルの交直切替スイッチを母材に応じて設定し、アルミなら「AC」、軟鋼・ステンレスなら「DC」を選択したうえで、切り替え後にパネル表示が「AC」または「DC」へ変わることまで目視で確認する流れとなる。
Step 2:電流値とバランス調整(交流時)
電流値は板厚と継手形状で決まり、ダイヘン機のデジタルパネルで設定するが、初期値をいきなり高くするとタングステンや母材へ余計な負荷を与えるため、作業者は控えめな値から試し溶接で追い込み、アークのまとまりと溶け込みの両方を見ながら調整する運用を取ることが多い。
交流溶接を選択した場合は、バランス調整ダイヤルで「クリーニング幅」と「ペネトレーション深さ」の比率を設定し、バランス値はパネルに数値(%)で表示され、数値が大きいほどクリーニング作用が強まり、小さいほど溶け込みが深くなる。
- バランス中間域:標準設定。クリーニングと溶け込みのバランスが取りやすい。アルミ中板(3〜6mm)の突合せ継手に適用。
- バランス高め:クリーニング重視。酸化皮膜が厚いアルミ鋳物や溶接前処理が不十分な母材に使用。溶け込みは浅くなる。
- バランス低め:溶け込み重視。アルミ薄板や裏当て付き継手。クリーニング幅が狭いため、溶接前にステンレスブラシで酸化皮膜除去が前提となる。
現場ではバランス調整を初期値のまま固定する運用が見られるが、母材表面状態と板厚で必要な比率は変わり、しかも不適合なバランスはタングステン先端への熱負荷を増やして電極寿命を著しく縮めるため、この設定は交流溶接の成否を左右する項目となっている。
Step 3:高周波出力設定
TIG溶接は高周波でアークを起動する非接触起動であり、ダイヘン機は高周波出力を「スタート」「連続」「切」の3モードで切り替えられるため、母材と溶接方式に対してどのモードが前提になるかを整理しておかないと、起動性とアーク安定性の両面で不具合が出やすい。
- スタートモード:アーク起動時のみ高周波を発生。直流溶接で使用。起動後は高周波が止まり、電極への負担が少ない。
- 連続モード:溶接中も高周波を連続発生。交流溶接で使用。酸化皮膜除去(クリーニング作用)に必要。
- 切モード:高周波なし。接触起動(スクラッチスタート)を行う場合に選択。タングステンが母材に触れるため、タングステン先端汚染リスクがある。
アルミ溶接では「連続」を選択し、軟鋼・ステンレスでは「スタート」を選択するのが基本であるが、高周波連続モードは周辺の電子機器に干渉するため、無線機やPLC制御盤が近い場合は装置設定だけで済ませず、周辺設備との距離や配線シールドまで含めて確認する必要がある。
Step 4:パルス機能の有効化と周波数設定
ダイヘンTIG溶接機の上位機種はパルス溶接機能を搭載し、ピーク電流とベース電流を周期的に切り替えて入熱を細かく制御できるため、連続溶接では扱いにくい薄板や姿勢溶接でも、溶融池の暴れを抑えながら条件の幅を持たせやすい。
パルス周波数は母材厚と溶接姿勢で調整し、周波数が高いほど溶融池の凝固が早く薄板や立向き姿勢に適し、周波数が低いと溶融池が大きくなって厚板や下向き姿勢で溶け込み確保に有利となるため、同じ材質でも姿勢が変われば設定の考え方は変わる。
溶接条件 | 推奨パルス周波数 | ピーク電流比率 |
|---|---|---|
薄板アルミ(1mm以下) | 3〜5Hz | ベース電流より高め |
中板ステンレス(3〜6mm) | 1〜3Hz | ベース電流より高め |
厚板軟鋼(10mm以上) | 0.5〜1Hz | ベース電流より大きく高め |
パルス機能を使わない連続溶接(DC溶接)では電流を一定に保つため薄板で溶け落ちリスクが高まりやすいが、パルスを活用すればベース電流で冷却時間を確保しながらピーク電流で溶け込みを得られるため、入熱管理と溶融池制御を両立しやすくなる。
Step 5:トーチ角度とアーク長の保持
TIG溶接ではトーチ角度とアーク長の安定性がビード品質を左右し、ダイヘン機の高周波出力が安定していても作業者の手元が乱れれば溶接品質は落ちるため、装置側の設定値と保持動作は別々に管理するのではなく、同じ条件系として扱う必要がある。
トーチは進行方向に対して70〜80度の角度(前進法)で保持し、寝かせすぎるとシールドガスが乱れ、立てすぎると溶融池への視認性が悪化するうえ、アーク長は母材表面からタングステン先端まで2〜4mmに保つ必要があり、長いとアークが広がって溶け込みが浅く余盛が高くなり、短すぎるとタングステンが母材に接触して先端汚染を引き起こす。
溶加棒は溶融池の前端に送り込み、タングステンには接触させない。溶加棒がタングステンに触れると、棒の成分が電極に移行してアークが不安定になる。
よくある失敗と対処法
タングステン先端が溶けてアークが広がる
交流溶接でタングステン径に対して電流が過大な場合、先端が溶けて丸まり、アークが広がってビード幅が過大になり、結果として溶け込みが浅くなるため、作業者は見た目のビード幅だけで判断せず、電極先端の状態まで同時に確認する必要がある。
対処法は電流値を下げるか、タングステン径を太くすることであり、交流溶接では直流に比べて電極への入熱が大きいため同じ板厚でも直流時より電流を低めに設定し、さらにタングステン先端形状は交流では半球状に研磨し、直流では尖らせる。形状を誤るとアーク集中性が失われる。
アルミ溶接で裏波が黒く酸化する
アルミ溶接の裏波酸化は、シールドガス流量不足またはバランス調整不適合が原因であり、表面のクリーニング作用が不足すると酸化皮膜が溶融池に巻き込まれて裏波に現れるため、確認対象を表面側だけに限定すると原因の切り分けを誤りやすい。
対処法はバランス値を高めに調整してクリーニング幅を広げ、シールドガス流量も増やして溶融池周辺の酸素を遮断することであり、裏当て付き継手では裏面シールドガス(バックシールド)を併用し、裏波側も不活性ガスで保護する。
ステンレスで溶け込み不足が発生する
ステンレスの突合せ継手で溶け込み不足が発生する場合、電流不足または開先角度不足が疑われ、TIG溶接は入熱密度が高い一方でアーク幅が狭いため、開先が狭いと底部まで熱が届かず、その特徴が条件不良として表面化する。
対処法は電流を上げるか、開先角度を広げる(V形開先なら60度以上)ことであり、板厚が厚い場合はパルス機能を活用してピーク電流で溶け込みを確保しながらベース電流で熱歪みを抑え、開先ルート間隔(ルートギャップ)も1〜2mm確保して裏波形成を促す。
ビード表面に気孔が発生する
気孔の原因は母材表面の油脂・水分・酸化物、またはシールドガスの乱流であり、TIG溶接は清浄な母材表面を前提とするため、前処理不足は即座に気孔を招き、その影響は外観不良だけでは済まない。
対処法は溶接前にアセトンまたは専用脱脂剤で母材を清掃し、ステンレスブラシで酸化皮膜を除去することであり、シールドガス流量が過大な場合は乱流が発生するため流量を適正範囲(毎分6〜10リットル)に下げ、ガスノズル内径が大きすぎる場合も乱流を起こすため、母材幅に応じたノズル径を選択する。
安全上の注意点
アーク溶接特別教育の受講義務
TIG溶接は労働安全衛生法で定める「アーク溶接等の業務」に該当し、作業者は事業者が実施するアーク溶接特別教育を修了する義務がある(労働安全衛生規則第36条第3号)。特別教育はアーク溶接装置の構造・取扱い、溶接作業の安全、関係法令を含む学科11時間と実技10時間で構成され、修了証の交付を受けて初めて就業が認められる。
ダイヘンTIG溶接機を含む交直両用機は高周波発生装置を内蔵するため、電撃防止と漏電遮断器の設置が必須であり、感電リスクは母材が濡れた状態や狭隘空間での作業で高まることから、装置の性能確認より先に作業環境の安全条件を整える必要がある。
溶接ヒュームへばく露防止
TIG溶接は被覆アーク溶接やMAG溶接に比べてヒューム発生量が少ないが、ステンレスや特殊合金を溶接する場合は金属ヒュームが発生し、労働安全衛生法の改正(2021年4月施行)により、溶接ヒュームは「特定化学物質」に指定され、事業者は作業環境測定・ばく露防止措置・呼吸用保護具の使用を義務付けられた(特定化学物質障害予防規則)。
屋内作業では全体換気装置またはプッシュプル型換気装置を設置し、溶接ヒューム濃度を管理する。溶接作業主任者の選任義務はないが、換気装置の風量測定と記録保存は事業者の責務となる。
高周波障害と電磁波対策
ダイヘンTIG溶接機の高周波発生装置は、アーク起動時に数MHz帯の高周波電流を流し、この高周波は周辺の電子機器(無線機・PC・PLC)に干渉して誤動作を引き起こす場合があるため、溶接条件だけでなく周辺設備との距離や配線状態も管理対象となる。
対策として、溶接機の接地(アース)を確実に行い、トーチケーブルとアースケーブルを平行配線せずにねじり合わせる。シールドケーブルを使用すれば高周波漏洩を抑制できる。ペースメーカー装着者は高周波の影響を受ける可能性があるため、作業前に医師と相談する。
次にやるべきこと:母材別の試し溶接とパラメータ記録
ダイヘンTIG溶接機を導入したら、まず母材別の試し溶接を行い、電流・バランス・パルス周波数の最適値を記録するべきであり、溶接施工要領書(WPS)に記載された標準電流は平板・下向き姿勢を前提とした数値であるため、立向き・上向き姿勢や薄板では追加の調整が必要となる。
試し溶接では以下を記録する。
- 母材種別・板厚・継手形状
- 電流値・極性(AC/DC)・バランス値(交流時)
- パルス周波数・ピーク電流・ベース電流
- シールドガス種別・流量
- タングステン径・先端形状
- 溶接速度・溶加棒径
記録したパラメータは溶接条件表として保管し、同種の母材・板厚で再現する。パラメータを蓄積すれば、初期設定の試行錯誤が減り、安定した品質を早期に確保できる。
次のステップは、JIS Z 3821(ステンレス鋼溶接技術検定における試験方法及び判定基準)またはJIS Z 3805(アルミニウム溶接技術検定における試験方法及び判定基準)に準拠した溶接技能評価試験の受験であり、JIS溶接技能者資格は法的義務ではないものの、大手ゼネコンやプラント元請は品質管理の観点から資格保有を入場条件とする場合が多いため、資格取得は溶接条件の最適化と欠陥防止の実践力を示す材料となる。
この記事は「溶接の資格ガイド」の関連記事です。溶接に関する体系的な知識はこちらのガイドをご覧ください。









