TIG溶接の品質は電流・アーク長・溶加棒送りの3要素の同期で決まる。電流が過大なら溶け落ち、アーク長が伸びれば酸化、送り速度が遅いと余盛過多になる。
TIG溶接で最初に詰まるのはアーク長の保持だ
TIG溶接を始めたばかりの作業者が最初に壁にぶつかるのはアーク長を一定に保つ点であり、被覆アーク溶接棒やMAG溶接(Metal Active Gas)と異なってTIG溶接(Tungsten Inert Gas)ではタングステン電極が消耗しないため、トーチを母材から一定距離に保ったまま移動し続けなければならず、そのわずかな乱れがそのままビード表面の状態に現れる。
アーク長が1〜2mm伸びただけでもシールドガスの効果が落ち、ビード表面は酸化して灰色に変色する。一方で、逆に詰まりすぎると母材に電極が接触し、タングステン電極の先端が母材に付着して溶接が中断する。
教科書では「アーク長は板厚の0.5〜1倍が目安」と書かれるが、実際の現場では板厚だけでなく電流値・溶接姿勢・母材の熱伝導率で最適なアーク長が変わるため、薄板の下向き姿勢では1mm前後、厚板の立向きでは2〜3mmまで広がり、この距離感を手と目で結び付けて再現できるようになるまでに、多くの作業者が数週間から数ヶ月を要した。
なぜTIG溶接は他の溶接法より難しいのか
TIG溶接が被覆アーク溶接やMAG溶接より難しいとされる理由は、両手と足を独立して制御する必要があるからであり、右手でトーチを持ち、左手で溶加棒を送り、足元のフットペダルで電流を調整しながら、ビードの形状と溶融池の色を見て判断し続けなければならないため、単に手順を覚えただけでは安定しにくい。
被覆アーク溶接なら電流は固定で片手だけ動かせばよく、MAG溶接もトリガーを引けばワイヤが自動送給される。この差は作業の難度に直結する。
溶融池の大きさは電流と送り速度で決まり、電流が高すぎると溶融池が広がりすぎて溶け落ちやすく、低すぎると溶け込み不足になり、さらに送り速度が速すぎるとビードが細く凸になり、遅すぎると余盛が高くなりすぎるうえ、溶加棒の送り量が少なければビードが平らになりすぎて溶け込み深さが不足し、多すぎれば余盛が高くなって裏波が出にくくなるため、この3要素の均衡を取るには溶融池の形状と色の変化をその場で読み取る訓練が欠かせない。
シールドガスの流量調整が品質を左右する
TIG溶接ではシールドガスにアルゴンまたはヘリウム、あるいはその混合ガスを使う。アルゴンは比重が重く母材表面に留まりやすいため、ステンレス鋼や軟鋼の溶接に適する。ヘリウムは比重が軽く拡散しやすいが、アーク電圧が高く入熱量が大きいため、アルミニウムや銅など熱伝導率の高い母材に向く。
シールドガス流量が不足すると溶融池周辺の酸化が進んでビード表面が灰色や茶色に変色し、流量が過大になるとガス流が乱れてシールド効果が逆に低下し、巻き込んだ空気が気孔を生むため、適正流量は母材の種類・板厚・溶接姿勢・風の有無で変わり、下向き姿勢では毎分8〜12リットル、立向きや横向きでは毎分10〜15リットル程度を目安にしつつ、屋外や換気の強い場所では風防カバーやガスレンズでシールド範囲を広げる対応が要る。
正しいTIG溶接の手順
Step 1: 母材の清掃と開先加工
TIG溶接では母材表面の油分・酸化皮膜・塗装・錆が残っていると、気孔やスラグ巻き込みの原因になる。特にアルミニウムは表面に酸化皮膜が形成されやすく、融点が母材より高いため溶接前に除去しなければ溶け込み不良を招き、ステンレス鋼も表面に不動態皮膜があるうえ、油分が残っていると炭化物が析出して溶接部の耐食性が低下する。
清掃はステンレスブラシ・アセトン・専用クリーナーで行う。ステンレスブラシは鉄鋼用と共用せず、ステンレス専用のものを使う必要がある。
鉄鋼用ブラシを使うと鉄粉がステンレス表面に付着して溶接後に錆の原因となり、アルミニウムの場合はステンレスブラシで酸化皮膜を機械的に除去した後、アセトンで油分を拭き取る流れとなるため、清掃工程を省くと後工程で条件調整を重ねても不具合が消えないという遠回りに入りやすい。
開先加工は板厚と継手形式で決まり、板厚3mm以下ならI形開先で突合せ可能だが、板厚5mm以上ではV形またはレ形開先を設ける。開先角度は広めに取り、ルート間隔は板厚に応じて適切に設定するが、広すぎると裏波が出にくくなり、狭すぎると溶け込み不足になる。
Step 2: タングステン電極の研磨と突き出し長さの調整
タングステン電極は先端形状がアークの安定性を左右する。直流溶接では先端を円錐形に研磨し、交流溶接では先端を球状に仕上げる。研磨は専用のタングステン研磨機またはベンチグラインダで行い、研磨方向は電極の軸方向に揃えなければならず、円周方向に研磨するとアークが偏向して不安定になる。
電極の突き出し長さはノズル先端から3〜5mm程度が標準である。長すぎるとシールドガスの効果が落ちて電極が酸化しやすく、短すぎるとノズル内で熱がこもって電極が溶けやすくなる。
そのため、突き出し長さは電流値との組み合わせで判断する必要があり、電極径も電流値に応じて選び、電流が低い場合は径1.6mm、中電流では2.4mm、高電流では3.2mmを使うが、細すぎると電流密度が高くなって電極が溶けやすく、太すぎるとアークの集中性が落ちて溶け込みが浅くなる。
Step 3: 電流値とパルス周波数の設定
TIG溶接機にはパルス機能を持つ機種があり、パルス電流とベース電流を交互に流すことで入熱量を制御できる。パルス周波数を上げると溶融池の凝固と溶融が繰り返され、ビードが細かく波打って美しい仕上がりになるため、薄板溶接では入熱量を抑えつつ溶け込みを確保しやすい。
薄板溶接ではパルス機能が有効だ。だが、設定値だけで結果が決まるわけではない。
電流値は母材の種類・板厚・姿勢で調整し、ステンレス鋼の下向き姿勢では板厚1mmあたり約30〜40Aが目安だが、立向きや上向きでは入熱量を抑えるため20〜30A程度に下げる必要があり、一方でアルミニウムは熱伝導率が高いため同じ板厚でもステンレス鋼より高い電流が必要になり、低すぎれば溶け込みが浅くなり、高すぎれば溶け落ちや変形を招く。
Step 4: アーク長の保持と運棒速度の同期
アークをスタートしたら、トーチを母材から一定距離に保ちながら一定速度で移動する必要があり、アーク長が伸びると溶融池の色が赤みを帯びてくるためすぐにトーチを下げて距離を詰め、逆に詰まりすぎると溶融池が白く光って電極が母材に接触する直前のサインとなるので、この反応の遅れはそのままビード外観と溶け込みの乱れに結び付く。
運棒速度は溶融池の大きさを見ながら調整する。溶融池が大きくなりすぎたら速度を上げ、小さくなったら速度を下げる。
溶融池の幅が母材の板厚よりやや広い状態を保つのが目安であり、速度が遅すぎると余盛が高くなり、速すぎるとビードが細く凸になるため、アーク長の保持と運棒速度の調整は別々の操作ではなく、同時に崩れやすい一組の制御として扱う必要がある。
Step 5: 溶加棒の送りタイミングと角度
溶加棒は溶融池の前縁に送り込む。溶融池の中央に送ると溶加棒が溶けすぎて余盛が高くなり、後縁に送ると溶け込みが浅くなる。溶加棒の送り角度は母材に対して15〜20度程度に傾け、トーチの進行方向に対しては逆方向に保つ必要があり、進行方向へ向けるとシールドガスの流れを妨げて酸化を招く。
溶加棒の送り方には連続送りと断続送りがある。連続送りは溶加棒を溶融池に常に接触させながら送る方法であり、断続送りは溶加棒を溶融池に入れては引き出す動作を繰り返す方法だ。
連続送りではビードが滑らかに仕上がる一方、断続送りではビードが波状になり、薄板や立向きでは断続送りの方が入熱量を抑えやすく溶け落ちを防ぎやすいため、送り方の選択は見た目の違いのみならず、姿勢と入熱管理の整合まで含めて判断すべき項目である。
Step 6: アークの終了とクレーター処理
溶接の終端ではアークを急に切ると、クレーターと呼ばれる凹みが残る。クレーターは割れの起点になりやすいため、電流を徐々に下げながらアークを切る。
フットペダル付きの溶接機なら、ペダルを徐々に戻して電流を下げる。電流が下がると溶融池が小さくなり、凝固が始まったタイミングでアークを切る。
クレーター処理が不十分な場合は、溶接終端に溶加棒を多めに送り込んでクレーターを埋める方法があり、または溶接の終端を始点に戻して重ね溶接し、クレーターを消す方法もあるが、どちらを選ぶにしても終端部に凹みを残したまま終えないことが、終端品質の確保に直結する。
プロと初心者の差が出るポイント
溶融池の色と形状の読み取り
プロの溶接工は溶融池の色と形状を見て、電流・送り速度・溶加棒送り量を瞬時に調整する。溶融池が赤みを帯びてきたら電流不足またはアーク長の伸びすぎと判断し、白く光ったら電流過大またはアーク長の詰まりすぎと判断する。さらに、溶融池の幅が広がりすぎたら送り速度を上げ、狭くなったら速度を下げるという修正を連続して行う。
初心者は溶融池を見ても何が起きているか判断できず、マニュアルに書かれた電流値と速度を固定したまま作業を続けることが多いが、その結果として母材の厚みや姿勢が変わったときに対応できず、溶け落ちや溶け込み不足を繰り返すことがあり、差が出るのは手先の器用さだけでなく、変化を見て設定を動かす判断の速さでもある。
シールドガスの流量調整とガスレンズの活用
プロの溶接工はシールドガスの流量を溶接姿勢と風の有無で調整し、下向き姿勢で風のない場所なら流量を抑え、立向きや横向き、風のある場所では流量を増やす。流量計の目盛りだけでなくビード表面の色も確認し、ビードが銀白色なら流量が適正で、灰色や茶色なら流量不足または乱流による酸化と見極める。
ガスレンズは層流を作ってシールド範囲を広げる部品であり、通常のノズルではガス流が乱れやすいのに対し、ガスレンズを使うとガス流が整流されてシールド効果が向上するため、特に電極の突き出し長さが長い場合や風のある場所での溶接では差が出やすく、溶接条件に応じて有無を使い分ける判断が品質の安定につながる。
タングステン電極の汚染対策
タングステン電極が母材に接触したり、溶融池に溶加棒のアルミニウムやステンレスが付着したりすると、電極が汚染されてアークが不安定になる。プロの溶接工は電極が汚染されたらすぐに研磨し直し、汚染された電極のまま溶接を続けてアークの偏向やビードの蛇行を広げることを避ける。
電極の汚染を防ぐには、アーク長を適切に保ち、電極を母材に接触させないことが第一であり、さらに溶加棒を溶融池の前縁に送り込むことで溶加棒が電極に触れるリスクを減らせるため、汚染が頻発する場合は操作だけでなく、電極径が細すぎるか電流が高すぎる可能性まで含めて見直す必要がある。
現場での判断基準
母材の種類とガスの選択
TIG溶接で使うシールドガスは、母材の種類で決まる。ステンレス鋼と軟鋼には純アルゴンを使う。アルゴンは比重が重く母材表面に留まりやすいため、シールド効果が高い。アルミニウムには純アルゴンまたはアルゴン-ヘリウム混合ガスを使い、ヘリウムを混合すると入熱量が増えて溶け込みが深くなるため、厚板のアルミニウム溶接に適する。
銅や銅合金は熱伝導率が極めて高く、純アルゴンでは入熱量が不足して溶け込みが浅くなりやすいため、この場合はヘリウムまたはアルゴン-ヘリウム混合ガスを使って入熱量を上げる必要があるが、ヘリウムの比率が高いほど入熱量が増える一方でシールド効果は低下するため、溶接姿勢と板厚に応じて混合比を調整する判断が求められる。
溶接姿勢と電流の調整
下向き姿勢では重力が溶融池を母材側に引き寄せるため、電流を高めに設定できるが、立向き姿勢では溶融池が垂れやすいため下向きより低く設定し、運棒速度を速めて入熱量を抑える必要があり、上向き姿勢ではさらに溶け落ちやすくなるため、短時間で溶接を完了させる前提で電流を下げる判断が要る。
横向き姿勢では溶融池が片側に垂れやすい。そこで、トーチの角度を調整して溶融池を水平に保つ。
トーチを上側に傾けすぎると上側の溶け込みが深くなり、下側に傾けすぎると下側が溶け落ちるため、横向き姿勢では電流と運棒速度のみならず、トーチの角度と溶加棒の送り位置まで含めて同時に整える必要がある。
裏波の形成と裏当て金の有無
TIG溶接では裏波が出るかどうかが品質の指標になり、裏波が出ていれば溶け込みが十分で、出ていなければ溶け込み不足だ。裏波を出すには電流と運棒速度のバランスを取り、ルート間隔と開先角度を適切に設定する必要があるが、ルート間隔が広すぎると裏波が出にくくなり、狭すぎると溶け込みが浅くなる。
裏当て金を使う場合は、裏当て金に銅板またはステンレス板を使う。銅板は熱伝導率が高く溶融池を冷却するため、薄板の溶け落ち防止に有効だ。
ステンレス板は溶融池との反応が少なく、裏波が滑らかに仕上がる一方、裏当て金を使わない場合は裏波の酸化を防ぐためにバックシールドガスを流し、継手の裏側からアルゴンを供給して裏波を保護する必要があるため、裏波の形成は表側の条件だけでは完結しない。
アーク溶接特別教育の受講義務
TIG溶接はアーク溶接の一種であり、業務として行う場合は労働安全衛生法第59条および労働安全衛生規則第36条に基づき、アーク溶接特別教育の受講が義務づけられる。アーク溶接特別教育は学科11時間と実技10時間の合計21時間で構成され、事業者が労働者を就業させる前に受けさせる必要があり、技能講習や免許とは異なって事業者が実施または登録教習機関に委託する教育である。
JIS溶接技能者評価試験は、溶接技能の証明を目的とした任意の資格制度であり、日本溶接協会(JWES)が実施し、基本級・専門級・上級に分かれる。TIG溶接の技能を証明する場合、T-1F(ステンレス鋼・下向き)やT-2F(ステンレス鋼・横向き)などの種別を受験し、合格すると溶接技能者証が交付され、建設現場や製造工場での入場資格として求められることが多い。
ベテランが語るTIG溶接の本質
ベテランの溶接工は「TIG溶接は溶融池との対話だ」と言うが、その意味は感覚論だけで片づくものではなく、溶融池の色と形状が刻々と変化する中で、その変化を読み取って手と足を動かし、電流計や速度計の数値だけでは拾い切れない差をその場で補正していく点にあり、つまりTIG溶接の本質は、溶融池の変化を読む感覚と、それに同期する身体制御を反復で結び付ける訓練にある。
この記事は「溶接の資格ガイド」の関連記事です。溶接に関する体系的な知識はこちらのガイドをご覧ください。









