TIG溶接は、電極と母材の距離・シールドガス流量・電流設定の3つを同時に管理しなければ、タングステン巻き込みや気孔欠陥が発生する。
TIG溶接の初心者が最初に詰まるのは、電極と母材の間隔と溶加棒の送り方だ
TIG溶接(Tungsten Inert Gas溶接)で最初に壁になるのは、タングステンロッドと母材の間隔を2〜3mm に保ちながら溶加棒を溶融池に送り込む動作を両手で同期させる技能であり、片手でトーチを保持し、もう片方で溶加棒を送る構成であるため、手首の動きが独立していないと溶接線はすぐに蛇行する。さらに、電極が母材に接触すればタングステンが溶融池に巻き込まれて黒い異物欠陥が残り、再研磨が終わるまで作業は止まる。
教科書では「溶融池の大きさを見ながら電流を調整する」と書かれるが、初心者は溶融池を観察する余裕がないまま電流を固定し、その結果として溶け込み不足や溶け落ちを繰り返しやすい。TIG溶接は被覆アーク溶接棒やMAG溶接(Metal Active Gas)と異なり、溶接電流とワイヤ送給速度が自動連動しないため、溶融池の色と形状を視覚で判断しつつ、足踏みペダルで電流を微調整する技能まで同時に求められる。
この記事では、TIG溶接の電流設定から溶加棒の送り方、シールドガス管理までの基本手順を、現場で再現可能な形式で示す。
TIG溶接を始める前に揃える機材と母材の前処理
必要な機材と消耗品
TIG溶接に必要な機材は以下の通りだ。
- TIG溶接機:交流・直流の切り替え可能な機種を選ぶ。アルミニウム合金を溶接する場合は交流出力が必須となる。
- トーチ:空冷式は小型で取り回しが楽だが、連続使用時間が短い。水冷式は高電流・長時間作業に向く。
- タングステン電極:純タングステンは交流用、トリウム入りまたはセリウム入りは直流用に使われる。JIS Z 3233で規定される。
- シールドガス:純アルゴンまたはアルゴン・ヘリウム混合ガスを用いる。炭素鋼・ステンレス鋼には純アルゴン、アルミニウムにはヘリウム混合ガスが選択される。
- 溶加棒:母材と同等組成のロッドを選ぶ。炭素鋼にはJIS Z 3316、ステンレス鋼にはJIS Z 3321、アルミニウムにはJIS Z 3232が適用される。
- 保護具:遮光度11〜13の溶接面、革製手袋、溶接エプロン、安全靴を装着する。
母材の前処理で欠陥の多くを防ぐ
TIG溶接は被覆アーク溶接棒のようにスラグで不純物を吸収する機構を持たないため、母材表面の油・錆・酸化皮膜はそのまま溶融池に混入し、気孔やブローホールの原因となる。前処理の出来不出来が欠陥発生率に直結する工程であり、溶接条件を整えていても前処理が甘ければやり直しに戻るという回り道は珍しくない。
- グラインダーで研磨:溶接線の両側10mm 幅を金属光沢が出るまで削る。ディスクグラインダーを溶接線に沿って動かし、表面の酸化皮膜を除去する。
- 脱脂洗浄:アセトンまたは専用脱脂剤を染み込ませたウエスで、研磨面を拭き取る。油分が残ると溶融池に気泡が発生する。
- 乾燥確認:洗浄後は自然乾燥させ、水分が完全に蒸発したことを確認してから溶接を開始する。
ステンレス鋼の場合、母材裏面にも酸化防止のためアルゴンガスをパージする必要があり、表面側の条件が整っていても裏面保護が不足すれば裏波酸化を招くため、溶接部の耐食性はそこで低下することになる。
Step 1:タングステン電極の研磨と突き出し長さの設定
タングステン電極の先端形状は、アークの安定性と溶融池の形状に直結する。直流溶接では円錐形、交流溶接では半球形に研磨するのが基本だ。
直流用電極の研磨手順
- 専用の電極研磨機またはベンチグラインダーを用いて、電極先端を円錐形に削る。
- 円錐の頂角は30〜60度とする。角度が鋭すぎるとアークが不安定になり、鈍すぎると溶融池が広がりすぎる。
- 研磨の方向は電極の軸方向に揃える。横方向の傷が残るとアークが偏向する。
交流用電極の研磨手順
- 純タングステン電極を用いる。トリウム入りやセリウム入りは直流専用のため使用しない。
- 先端を半球形に整形する。交流では電極先端が溶融して自然に半球形になるため、最初から球形にしておくとアークの立ち上がりが早い。
突き出し長さとトーチへの固定
電極の突き出し長さは、トーチ本体のノズル端から3〜5mm とする。突き出しが長すぎると電極が過熱して消耗が早まり、短すぎるとシールドガスの流れが乱れて酸化欠陥が出る。
電極をトーチのコレットに差し込み、コレットボディを手で締め付けるが、締め過ぎると電極が割れ、緩いとアーク中に電極が脱落するため、固定力は強ければよいという単純な話ではない。作業者は安定保持と部品保護の両方を見ながら、締め付け具合を決めることになる。
Step 2:溶接電流とシールドガス流量の設定
電流値の決め方
TIG溶接の電流値は、母材の厚みと材質で決まる。目安として、炭素鋼・ステンレス鋼では板厚1mm あたり約40A を基準に設定する。ただし、この値は下向き姿勢・平板を前提とした数字であり、立向きや薄板では調整が必要だ。
アルミニウム合金は熱伝導率が高いため、同じ板厚でも炭素鋼より高い電流を要する一方で、交流TIG溶接機では周波数とバランスも調整項目に含まれるため、設定は電流値だけで完結しない。周波数を上げるとアークが集中し、バランスを陰極側に寄せると母材への入熱が増えるので、作業者は板厚だけでなく溶融池の広がり方まで見て条件を詰める必要がある。
シールドガス流量の調整
シールドガス流量は、毎分8〜12L が標準範囲だ。流量が少ないと溶融池が酸化し、多すぎるとガスが乱流になって外気を巻き込む。
流量計のフロート位置を確認し、ガスボンベの元栓を開く。トーチのガスバルブも開く。ノズルからガスが一定に流れることを確かめる。屋外や風の強い場所では、流量を増やすよりも風よけを設置する方が効果的であり、流量だけで対処しようとすると乱流によって保護性能が下がる場合があるため、数値の調整だけで片づけない視点が要る。
Step 3:トーチの保持と電極・母材間の距離管理
TIG溶接の品質は、電極と母材の間隔を一定に保つ技能で決まる。間隔が広がるとアークが伸びて入熱が不安定になり、狭まると電極が母材に接触してタングステン巻き込みが起こる。
トーチの保持姿勢
トーチは鉛筆を持つように握り、手首を母材に軽く添える。この姿勢により、手の振動が減って電極位置が安定する。トーチを母材に対して垂直から10〜15度前方に傾け、溶接方向へ進む。
下向き姿勢では、トーチを右手に持ち、溶加棒を左手に持つのが一般的だが、左利きの場合は左右を入れ替えても問題ない。作業者が優先すべきなのは、両手が互いに干渉せず独立して動かせる位置関係をつくることであり、持ち手の左右そのものより、視線と手元の干渉を減らせる配置の方が結果に響く。
電極・母材間の距離を2〜3mm に保つ方法
アークを起動したら、電極先端と溶融池の距離を目視で確認しながら手首を固定する。距離が変動すると溶融池の大きさが揺らぎ、ビード幅が不均一になる。
初心者は溶融池を凝視するあまり、電極の位置が手元から離れていることに気づかないことが多く、溶接面の視野内で電極先端と溶融池の両方を同時に捉え、相対位置を維持する訓練が必要になる。視点がどちらか一方に偏ると距離管理もビード形状も崩れやすく、修正しようとして手元が硬くなる流れも起こりやすい。
Step 4:溶加棒の送り方と溶融池への投入タイミング
溶加棒はアークの前方から溶融池に送り込む。後方から入れると溶融池の温度が下がり、溶加材が溶け切らずに欠陥となる。
溶加棒の角度と送り方
溶加棒を母材に対して10〜15度の角度で保持し、先端を溶融池の前縁に接触させる。溶加棒が溶融池に沈んだら、すぐに引き上げて次の位置へ移動する。この動作を繰り返すことで、連続したビードが形成される。
溶加棒を溶融池に留め続けると、溶加材が過剰に溶け込んで余盛が高くなり、後工程でグラインダー仕上げが必要になるため、投入時間は短く切る方がよい。溶融池の色が白っぽく輝いたタイミングで溶加棒を送り、赤みが戻ったら引き上げる動作を身につけると、送りの間合いが安定しやすい。
溶加棒の送り速度と電流の連動
足踏みペダルで電流を操作できる機種では、溶加棒を送る瞬間に電流を上げ、溶加棒を引き上げる瞬間に電流を下げる。この操作により、母材への入熱を抑えながら溶加材だけを溶かすことができる。
ペダル操作に慣れるまでは、電流を固定して溶加棒の送りだけに集中する方が安全であり、電流変動まで同時に扱うと手順全体が崩れやすい。電流を変動させる技法は、薄板や複雑な形状の溶接で必要になるが、基本動作が安定してから習得しても遅くはなく、先に手順の再現性を固めた方が習得は早い。
Step 5:溶接線の進行と終端処理
溶接線の進行方向と速度
TIG溶接では、トーチを一定速度で進めながら溶融池を観察し、ビード幅が均一になるよう調整する。速度が速すぎると溶け込みが浅くなり、遅すぎると母材が溶け落ちる。
溶接線が直線であれば、手首を母材に固定したまま肘を動かして前進する。一方で、曲線や円周溶接では体全体を移動させて視線と手元の角度を一定に保つ必要があるため、進行方法は継手形状に応じて切り替えることになる。ここを固定したまま進めると、途中で姿勢が崩れてビード幅が乱れやすい。
終端処理でクレーターを残さない方法
溶接を終える際、突然アークを切るとクレーター(凹み)が残り、割れの起点になる。終端では電流を徐々に下げながら溶融池を埋め、最後に溶加棒を追加して表面を平らにする。
足踏みペダルを徐々に戻し、溶融池が赤みを帯びてきたらアークを切る。アークを切った後も、シールドガスは数秒間流し続けて、タングステン電極と溶融池の酸化を防ぐ。この操作を「アフターフロー」または「ポストフロー」と呼び、TIG溶接機には自動設定機能が搭載されているため、終端処理は停止動作として切り離すのでなく、保護工程の一部として扱う必要がある。
よくある失敗と対処法
タングステン巻き込みと電極の再研磨
電極が母材に接触すると、タングステンが溶融池に混入して黒い粒状の異物欠陥が残る。この状態で溶接を続けても欠陥は消えないため、作業を中断して電極を再研磨する必要がある。
電極先端が丸く溶けている場合は、研磨して円錐形に戻す。巻き込みが頻発する原因は、電極・母材間の距離が近すぎるか、アーク起動時の接触である。ハイフリケンシー(高周波)起動機能がある溶接機では、電極を母材に接触させずにアークを起動できるため、巻き込みリスクは下がる。
気孔とブローホールの発生原因
溶接部に小さな穴が残る欠陥は、シールドガス不足または母材の汚れが原因だ。ガス流量が少ない場合は流量計を調整し、ノズルからガスが均一に流れることを確認する。
母材に油や水分が残っている場合は、溶接前の脱脂洗浄を徹底する。溶接中に気孔が見えたら、その箇所をグラインダーで削り、再度溶接する。気孔が連続して発生する場合は、母材の前処理不足かシールドガスの純度低下を疑うべきであり、表面だけを追っても原因特定が遅れ、条件調整ばかり繰り返す流れに入りやすい。
溶け込み不足と溶け落ち
溶け込み不足は、電流が低すぎるか溶接速度が速すぎる場合に起こる。ビード表面は見た目に問題がなくても、内部で母材同士が融合していないため、強度不足となる。対処法として、電流を上げるか溶接速度を下げる。
溶け落ちは、電流が高すぎるか溶接速度が遅すぎる場合に発生するため、同じ欠陥対策でも不足時とは逆方向の調整が必要になる。薄板溶接では溶接電流を下げ、足踏みペダルで電流を微調整しながら進む技法が有効であり、板厚が薄いほど修正の幅は狭くなる。
安全上の注意点
アーク光と紫外線被曝
TIG溶接のアーク光は、被覆アーク溶接棒よりも強い紫外線を放射する。遮光度11〜13の溶接面を装着しないと、数秒で電光性眼炎(雪目)を発症する。遮光度が不足している場合、目の痛みや涙が止まらなくなり、作業継続が不可能になる。
周囲の作業者も紫外線に曝されるため、溶接エリアには遮光カーテンを設置する。カーテンの材質は、JIS T 8141で規定される遮光性能を満たすものを選ぶ必要があり、個人用保護具だけで済ませず、周辺環境の遮光まで含めて管理する視点が求められる。
高周波ノイズと電子機器への影響
ハイフリケンシー起動機能を持つTIG溶接機は、アーク起動時に高周波電流を発生させる。この高周波ノイズは、近くの電子機器や制御盤に誤動作を引き起こす可能性がある。
溶接エリアの近くに制御盤やコンピューターがある場合は、溶接機のアース線を確実に接続し、ノイズの拡散を抑える。アース接続が不完全だと、溶接機本体が帯電して感電事故の原因にもなるため、ノイズ対策と感電防止は別々の作業ではなく、同じ接地管理の上に成り立っている。
シールドガスの取り扱い
アルゴンガスは無色無臭で、空気より重いため低所に滞留する。密閉された場所でガスが漏れると、酸素濃度が低下して窒息のリスクがある。ガスボンベは立てた状態で固定し、転倒防止チェーンを使用する。
ガスボンベの元栓は、使用後必ず閉める。開けたままにすると、トーチのバルブが故障した際にガスが漏れ続ける。ガス漏れ検知器を設置するか、換気扇を常時稼働させる対策が推奨され、設備側の管理と運用側の確認を切り分けたままでは抜けが出やすいため、両方を一体で回す必要がある。
次にやるべきこと:姿勢別の溶接技法と資格取得
TIG溶接の基本動作が安定したら、立向き・横向き・上向き姿勢での溶接に進む。下向き姿勢で習得した電流設定と溶加棒の送り方は、姿勢が変わると通用しなくなる。立向き姿勢では溶融池が垂れ落ちやすいため、電流を下げて溶融池を小さく保つ技法が必要だ。
実務でTIG溶接を行う場合、労働安全衛生法に基づく「アーク溶接等の業務に係る特別教育」の修了が義務づけられる。特別教育は学科11時間、実技10時間の計21時間で構成され、修了証が交付される。未修了のままアーク溶接業務に従事すると、事業者が労働安全衛生法違反に問われる。
さらに高度な技能を証明するには、日本溶接協会(JWES)が実施するJIS溶接技能者評価試験または国際溶接技能者資格(IWS)の取得が選択肢となる。JIS Z 3801で規定される評価試験は、溶接姿勢・材質・溶接法ごとに細分化されており、TIG溶接の専門級・上級を取得すれば、ボイラーや圧力容器の溶接業務に従事できる範囲が広がる。
溶融池の色が白から赤に変わるタイミングで溶加棒を引く動作が自然にできるようになったら、それが次の段階へ進むサインであり、その到達には単発の成功より反復による再現性が問われる。基本姿勢で数多くのビードを引き、手の動きを体に覚え込ませる反復が土台となって、その上に姿勢別の技法や資格試験向けの精度が積み上がっていく。
この記事は「溶接の資格ガイド」の関連記事です。溶接に関する体系的な知識はこちらのガイドをご覧ください。









