TIG溶接の棒は電極と溶加棒の2種類があり、棒の角度・送り速度・組成で溶接品質が決まる。初心者がつまずくのは棒の保持角度と送りタイミングだ。
TIG溶接の棒で最初につまずくのは保持角度と送りの判断だ
TIG溶接を始めた作業者が最初に戸惑うのは溶加棒の保持角度と溶融池へ送り込むタイミングであり、被覆アーク溶接やMAG溶接では棒が自動送給されるか溶融消耗するのに対し、TIG溶接では非消耗電極と溶加棒を別々に操作するため、右手のトーチ操作と左手の送り動作が同期しないと溶け込み不良や余盛過多につながる。
教科書では「溶加棒を溶融池に対して15〜20度の角度で保持し、一定リズムで送る」と整理されるが、実際には母材の厚み、姿勢、継手形状で必要な角度も送りの間も変わり、下向き姿勢の薄板では棒を寝かせ気味にして溶融池の広がりを抑える一方、立向きや上向きでは棒を立てて溶融金属の垂れを防ぐ必要があるため、この切替えが遅れるとビードは波打ち、溶接線から外れやすくなる。
TIG溶接の棒には、アークを発生させるタングステン電極と、溶接金属を補給する溶加棒がある。初心者はこれらを混同しやすい。タングステン電極を母材に接触させて汚染する回り道は珍しくない。電極は母材から数mmの距離を保ち、溶加棒だけを溶融池に送り込む。この動作の分離がTIG溶接の第一歩となる。
TIG溶接の棒は電極と溶加棒の2種類で役割が異なる
TIG溶接で使う棒はタングステン電極と溶加棒の2種類に分かれ、前者はアークを発生させる非消耗電極、後者は溶接金属を補給する消耗材であるため、作業者は右手と左手で別々の役割を同時に扱うことになり、溶融池へ溶加棒だけを送り込むという一見単純な操作が、実際にはTIG溶接の基本形を支える中心動作となっている。
タングステン電極は非消耗電極でアークを発生させる
タングステン電極は融点が高く、アーク放電で消耗しにくい。直径は1.0mm・1.6mm・2.4mm・3.2mm・4.0mmなどがあり、溶接電流に応じて選定する。電極先端は尖らせる(トゲ研ぎ)か平らにする(平研ぎ)かで、アークの集中度と安定性が変わる。
純タングステン電極(JIS Z 3233:2020)は交流アーク溶接で使い、アルミニウムやマグネシウム合金の溶接に向くが、直流ではトリウム入りタングステン電極やセリウム入りタングステン電極を使い分けることになり、トリウム入りは電子放出性が高くアークが安定する一方で放射性物質を微量含むため取扱いに注意を要し、セリウム入りは非放射性で直流TIG溶接の標準電極として普及している。
電極先端の研磨方向はアークの指向性に影響する。先端を円錐形に研ぐ。研磨の筋は電極軸方向に並ぶ形が望ましい。そうするとアークが安定し、溶融池は円形になりやすい。逆に研磨筋が横方向に走ると、アークが揺らぎ、溶込みが不均一になりやすい。
溶加棒は溶接金属を補給する消耗材だ
溶加棒は溶融池に送り込まれ、溶接金属を形成する。母材と同等以上の機械的性質を持つ材料を選ぶのが原則であり、JIS Z 3316(軟鋼及び高張力鋼用TIG溶加棒)、JIS Z 3321(ステンレス鋼TIG溶加棒)、JIS Z 3331(アルミニウム及びアルミニウム合金TIG溶加棒)などの規格で組成と寸法が定められている。
直径は1.0mm・1.2mm・1.6mm・2.0mm・2.4mm・3.2mm・4.0mmなどであり、板厚と電流に応じて選ぶが、薄板や精密溶接では細い棒、厚板や多層盛では太い棒が適し、棒が太すぎると溶融池へ送り込むタイミングが遅れやすく、反対に細すぎると溶接金属が不足して溶込み不良を招くため、直径の選定は送りやすさと充填量の両方を見て決める必要がある。
ステンレス鋼の溶接では、母材より炭素含有量が低く、クロムやニッケルを多めに含む溶加棒を選ぶことで高温割れや粒界腐食を防ぐ。アルミニウム合金では事情が異なる。マグネシウムやシリコンの含有量が異なる複数の溶加棒があるため、母材の合金系に合わせた選定が欠かせない。
棒の保持角度と送りタイミングで溶込み深さとビード形状が決まる
溶加棒を溶融池に送り込む角度と速度は、溶込み深さ・ビード幅・余盛高さに直結しており、角度が浅すぎると棒が溶融池の前方に突き出してアークを遮るため溶け込みが浅くなり、角度が深すぎると棒が溶融池の中心へ落ち込みやすく余盛が高くなりすぎるので、保持角度と送りタイミングは見た目の操作差以上に結果へ強く表れる。
下向き姿勢では棒を寝かせて溶融池の広がりを抑える
下向き姿勢では重力が溶融金属を広げる方向に働くため、溶加棒を進行方向に対して15〜20度の低い角度で保持し、溶融池の前縁に棒先を近づけて送る必要があり、この角度を保てると溶融池が前方へ広がりすぎず、ビード幅も安定しやすくなる。
薄板では溶融池が広がりやすい。送り速度は速めが合う。溶接金属の滞留時間を短くできるためだ。厚板では逆の傾向が出る。溶融池が深くなるため、棒を太くして送り量を増やし、溶接金属を十分に充填する必要がある。
立向き姿勢では棒を立てて溶融金属の垂れを防ぐ
立向き姿勢では溶融金属が重力で垂れやすいため、溶加棒を母材に対して60〜70度の高い角度で保持し、溶融池の上縁に棒先を当てて支えるように操作すると流下を抑えやすく、この角度であれば溶融金属が下へ流れる前に凝固しやすくなるため、ビードの垂れも起こりにくい。
立向き上進では、溶接速度を下向きより遅くして溶融池を小さく保ち、棒の送り量を減らして余盛を薄くする。立向き下進では、溶融金属が先に進んだ溶接部へ流れ込みやすい。棒の送りは早めがよい。溶接金属を追加しやすくなるためである。
上向き姿勢では棒を短く保持して溶融池の落下を防ぐ
上向き姿勢では溶融金属が重力で落下しやすく、溶加棒を長く持つと先端の挙動がぶれやすいため、棒は短く保持して溶融池に近づけ、棒先で溶融金属を押さえながら送る必要があり、さらに電流を下げて溶融池を小さくし、溶接速度を上げて凝固を早めることで、落下のリスクを抑えやすくなる。
上向き溶接では、溶融池が母材から剥がれ落ちる前に凝固させる必要がある。棒の送り量は最小限に抑える。余盛は薄く仕上げる。ビード幅は下向きより狭くなるが、溶込み深さは確保できる。
電極の研磨と棒の前処理が溶接品質の前提になる
タングステン電極の先端研磨と溶加棒の表面清浄はTIG溶接の品質を左右する前処理であり、電極先端が丸まったり汚れたりするとアークは不安定になり、溶加棒に油脂や酸化皮膜が残っていると溶接金属にブローホールや割れが発生するため、溶接条件の調整に入る前の段階で管理しておくべき要素として扱う必要がある。
電極先端は円錐形に研磨してアークを集中させる
タングステン電極の先端は、専用の電極研磨機またはベルトサンダーで円錐形に研ぐ。先端角度は直流では20〜30度、交流では先端を平らに丸める。研磨の筋が電極軸方向に並ぶようにすると、アークが電極中心から直進して溶融池が円形になる。
電極が母材や溶加棒に接触すると、タングステンが母材に混入して溶接部を汚染する。この状態で溶接を続けるとアークが揺らぎ、ビードが波打つ。気づかず続行して条件調整だけで立て直そうとしても改善しにくいため、電極が汚染された時点で溶接を停止し、先端を研ぎ直す判断が必要となる。
溶加棒は表面の油脂と酸化皮膜を除去する
溶加棒の表面に油脂や酸化皮膜があると、溶接中に水素や酸素が混入してブローホールや割れを引き起こし、アルミニウム合金の溶加棒は酸化皮膜が厚いため、ステンレスブラシで研磨するか、アセトンなどの溶剤で脱脂する処置が必要になり、見た目には軽い汚れでも溶接結果には無視できない差が出る。
ステンレス鋼の溶加棒は、製造時の潤滑油が残っている場合があるため、溶接前にアセトンまたはエタノールで拭き取る。軟鋼の溶加棒は酸化しやすい。保管時に防錆紙で包むか、乾燥した場所に置く。前処理と保管は切り離せない関係にある。
シールドガスの流量と風防で大気混入を防ぐ
TIG溶接はシールドガスで溶融池を大気から遮断する溶接法であり、ガス流量が不足すると酸化や窒化が起きる一方、流しすぎても乱流が発生してシールド効果が下がるため、ガス流量は溶接電流・ノズル径・風速に応じて調整する必要があり、数値だけを固定しても安定した保護は得にくい。
アルゴンは純度とガス流量で溶融池を保護する
TIG溶接のシールドガスは、アルゴンまたはアルゴン・ヘリウム混合ガスが標準だ。アルゴンは不活性で、溶融金属と化学反応しない。純度は高いものを使う。
ガス流量は、下向き姿勢で毎分8〜12リットル、立向き・上向きでは毎分10〜15リットルが目安になるが、風が強い屋外やノズル径が大きい場合は流量を増やす必要がある一方、流量が多すぎると乱流が発生してかえって大気を巻き込むため、最終的には溶接音とビード表面の色を見ながら調整することになる。
裏波保護ガスでステンレス鋼の酸化を防ぐ
ステンレス鋼やアルミニウム合金の突合せ溶接では、裏波側にもシールドガスを流して酸化を防ぐ必要があり、裏波保護がないと裏側に酸化皮膜が形成されて耐食性が低下するため、表面側の条件だけを整えても十分ではなく、裏面側の保護条件まで含めて溶接品質を管理する必要がある。
裏波保護ガスは、配管内部にアルゴンを流すか、バッキング材で溶接部の裏側を覆ってガスを封入する。ガス流量は表側より少なく、毎分5〜8リットル程度で十分だ。溶接後、裏波側のビード表面が銀白色なら保護は成功しており、茶色や黒色なら酸化している。
電流・電圧・溶接速度の調整で溶込み深さとビード形状を制御する
TIG溶接の電流は板厚・継手形状・姿勢に応じて調整しなければならず、電流が高すぎると溶け落ちや焼き穴が発生し、低すぎると溶込み不足や溶接金属の盛り上がりが起きるうえ、電圧はアーク長で決まり、溶接速度はビード幅と余盛高さに影響するため、各条件を別々に見るのではなく相互に連動するものとして扱う必要がある。
電流は板厚と継手形状で決まる
薄板では電流を低く抑え、溶融池が広がりすぎないようにする。厚板では電流を高くして溶込み深さを確保する。突合せ継手では溶込み深さが重要なため電流を高めに、すみ肉継手では余盛の形状が重要なため電流を低めに設定する。
直流TIG溶接では、電極がマイナス極(DCEN:Direct Current Electrode Negative)の場合、溶込み深さが深くなる。一方で、電極がプラス極(DCEP:Direct Current Electrode Positive)では溶込みは浅いが母材表面の酸化皮膜を除去する作用が強い。軟鋼やステンレス鋼はDCEN、アルミニウム合金は交流またはDCEPを使う。
アーク長は電圧とビード形状に影響する
アーク長は電極先端と母材の距離で、通常2〜4mm程度に保つ。アーク長が短いと溶込みが深くビード幅が狭くなり、長いと溶込みが浅くビード幅が広くなる。アーク長が不安定だと、ビードが波打って外観が悪化する。
アーク長は電圧に比例するが、TIG溶接の電圧は低く、しかもアークが短いため溶接機の電圧計だけでは判断しにくく、実際にはトーチの保持角度と手の安定性がそのままアーク長のばらつきに直結するので、数値管理だけで完結する工程ではなく、操作の再現性そのものが品質を左右する要素となっている。
溶接速度はビード幅と余盛高さを決める
溶接速度が遅いと溶融池が広がり、ビード幅が増えて余盛が高くなる。速度が速いと溶融池が小さくなり、ビード幅が狭く余盛が薄くなる。速度が速すぎると溶込み不足やアンダーカットが発生する。
溶接速度は、溶融池の大きさと溶加棒の送り量を見ながら調整し、溶融池が楕円形で後端が滑らかに凝固していれば適切な速度と判断できるが、溶融池が丸く大きくなって後端が盛り上がるなら速度を上げ、細長くなって後端が凹むなら速度を下げるというように、形状の変化を連続的に読み取る必要がある。
TIG溶接の棒を使う前に揃える道具と前提条件
TIG溶接を始めるには、溶接機・トーチ・電極・溶加棒・シールドガス・保護具が必要であり、溶接機は交流・直流の切替えができる機種が望ましく、トーチは水冷式または空冷式を電流容量に応じて選ぶことになるため、棒の扱いだけを先に覚えても設備条件が合っていなければ安定した施工にはつながらない。
溶接機とトーチは電流容量で選定する
TIG溶接機は、交流TIG・直流TIG・パルスTIGの機能を持つインバータ式が主流だ。交流TIGはアルミニウム合金、直流TIGは軟鋼・ステンレス鋼に使う。パルスTIG機能があると、薄板や精密溶接で入熱を細かく制御できる。
トーチは電流容量で選ぶ。空冷式トーチは200A以下の溶接に、水冷式トーチは200A超の連続溶接に向く。トーチ先端のノズルは、セラミック製またはガラス製があり、内径は電流と溶接姿勢に応じて選ぶ。ノズル径が大きいとシールド効果が高いが、狭い場所では使いにくい。
保護具と換気設備で作業者の健康を守る
TIG溶接では溶接ヒュームと紫外線が発生し、溶接ヒュームは2021年4月から労働安全衛生法の特定化学物質障害予防規則で管理第2類物質に指定され、事業者には作業環境測定と呼吸用保護具の使用が義務づけられているため、金属アーク溶接等作業主任者(2024年1月1日新設)の選任も含め、設備面と管理面の両方を整える必要がある。
溶接面は遮光度番号10〜13の自動遮光面が作業効率を高める。手持ち式の溶接面では、片手がふさがってトーチと溶加棒の同時操作が難しい。手袋は革製が基本である。指先が細く、溶加棒を保持しやすいものが扱いやすい。
現場でTIG溶接の棒を使いこなす応用のコツ
TIG溶接の棒を現場で使いこなすには、母材の材質・板厚・継手形状に応じた棒の選定だけでなく、姿勢・風・作業スペースに応じて動作を調整する必要があり、教科書どおりの条件でそのまま溶接できる現場は多くないため、実際には環境と制約に合わせて電流・棒の角度・送り速度を細かく変える運用になる。
母材が異種金属なら溶加棒は高合金側に合わせる
異種金属の溶接では、溶加棒の組成を高合金側に合わせるのが原則だ。たとえば軟鋼とステンレス鋼を溶接する場合、溶加棒はステンレス用(JIS Z 3321のY309など)を選ぶ。これは、溶接金属が軟鋼側に希釈されても、ステンレス鋼に近い耐食性と機械的性質を保つためだ。
アルミニウム合金と銅合金のように、融点や熱伝導率が大きく異なる組合せでは予熱や電流の片寄りで溶込みバランスが崩れやすく、このような場合は溶加棒に中間組成の合金(たとえばアルミニウム・銅合金)を使うか、事前に専門家に相談するという進め方になり、材料選定だけで解決しない場面があることも押さえておく必要がある。
狭い場所では棒を短く保持してトーチと干渉を避ける
配管の内側や構造物の隅角部など、狭い場所でTIG溶接を行う場合は、溶加棒を短く保持してトーチと棒が干渉しないようにする必要があり、棒が長いままだと先端が揺れてアークに触れやすくなるため、棒先の汚染や送り動作の乱れにつながりやすい。
狭い場所では、トーチの角度も制約されるため、ミラーや内視鏡で溶融池を確認しながら溶接する。ノズル径を小さくしてトーチ先端を奥まで入れる方法もある。曲がったトーチ(バックキャップが曲がった形状)を使う選択もある。
風が強い屋外ではガス流量を増やして風防を設置する
屋外や通風の強い場所ではシールドガスが風で流されて溶融池に大気が混入しやすく、ガス流量を増やしても風速が速いと効果は限定的で、むしろ乱流を起こすことがあるため、この場合は流量調整だけで対応しようとせず、溶接部の周囲に風防(ついたてや幕)を設置してガスの流れを安定させる必要がある。
風防がない場合、溶接の向きを風上に変えるか、溶接速度を上げて溶融池の露出時間を短くする。それでも酸化が避けられないなら、溶接後に表面をグラインダーで削って再溶接する。
ベテランはビード表面の色で溶接条件の適否を判断する
TIG溶接のビード表面はシールドガスの状態と入熱量を反映し、ステンレス鋼のビードが銀白色なら酸化していない証拠であり、茶色や青色なら酸化皮膜が形成されていることが見て取れ、アルミニウム合金のビードが黒ずんでいる場合はシールドガス不足か裏波保護の失敗を疑う必要があるため、色の変化は条件確認の重要な手掛かりとなる。
溶込み深さは外観からは判別しにくいが、ビード幅と余盛の比率で推測できる。ビード幅が狭く余盛が高いなら溶込み不足の可能性がある。ビード幅が広く余盛が低いなら溶込みは十分と見やすい。最終的には、破壊試験または放射線透過試験で溶込み深さを確認する。
ベテランの溶接工は、溶接中の溶融池の色と形、凝固後のビード表面の光沢と色調、溶接音の高さと連続性から電流・速度・ガス流量の適否を瞬時に判断しており、TIG溶接の棒を使いこなす技能とは棒の操作そのものにとどまらず、溶融池の観察と条件調整を同時に進める総合的な操作能力であることが見て取れる。









