溶接アークの安定は電流と母材清浄度で決まる。アーク長を3〜5mm一定に保ち、極性と溶接棒・タングステン電極の組み合わせを誤るとビード不良や電極消耗を招く。
溶接アークの発生で最初に詰まるのは必ず距離管理だ
被覆アーク溶接で溶接棒を母材に近づけたときに火花が飛び散って溶接棒が母材に張り付き、TIG溶接でタングステン電極を母材に触れさせた瞬間に電極先端が溶けて球状になるという失敗は、溶接アークの発生段階で作業者が最初に直面しやすい典型例である。
溶接アークとは、電極と母材の間に発生する高温の放電現象であり、この放電によって5,000〜20,000℃の熱が生じて母材と溶加材を溶融し、金属を接合するため、アーク溶接全般の熱源はこの放電にある。
教科書では「電極と母材を軽く接触させてから離す」と書かれるが、実際の現場では接触時間と離す速度のバランスが難しく、接触時間が長すぎると溶接棒が母材に溶着して剥がれなくなり、離す速度が遅いとアークが途切れ、速すぎるとアークが発生しないため、適切なアーク長3〜5mm程度を一定に保つ技術が初心者には最も難しい部分となっている。
アークの安定性は電流値と母材表面の清浄度に左右され、電流が低すぎるとアークが断続的になり、高すぎるとスパッタが多発して母材に穴が開く一方で、母材表面に錆・油・塗装が残っている場合もアークは不安定になり、ビードが乱れる。
溶接アークの発生に必要な設備と母材条件
溶接機の選定と電源接続
溶接アークを発生させるには、まず溶接機が必要であり、被覆アーク溶接では交流アーク溶接機または直流アーク溶接機を使い、TIG溶接ではTIG溶接機、MAG・MIG溶接では半自動溶接機を用いる。
交流アーク溶接機は極性が周期的に反転するためアークの安定性は直流機に劣るが、価格が安く薄板や軽合金の溶接に向く一方で、直流アーク溶接機は極性を固定できるためアークが安定し深い溶け込みが得られるので、板厚が厚い鋼材や立向き・上向き姿勢では直流機を選ぶのが現実的である。
溶接機の一次側(入力側)は、単相100V・単相200V・三相200Vのいずれかに対応する。工場の電源容量と契約アンペアを確認し、溶接機の定格入力電流を超えないようにする。電源容量が不足すると、アーク発生時にブレーカーが落ちる。
溶接棒またはタングステン電極の準備
被覆アーク溶接では、母材と溶接姿勢に応じた被覆アーク溶接棒を選び、イルミナイト系・ライムチタニア系・低水素系などの種類ごとにアークの発生しやすさとビードの仕上がりが異なるため、イルミナイト系は初心者でもアークを発生させやすいが、低水素系はアークの発生にやや慣れが必要となる。
TIG溶接では、タングステン電極を使う。電極径は母材の厚みと溶接電流に応じて選ぶ。電極先端は円錐状に研磨し、先端角度は30〜60度にする。先端角度が鈍角すぎるとアークが広がり、鋭角すぎると電極が過熱して溶ける。
母材表面の清浄化
母材表面に錆・油・塗装・酸化皮膜が残っているとアークが不安定になるため、溶接前にワイヤブラシ・グラインダー・溶剤で表面を清浄化し、ステンレス鋼やアルミニウム合金では専用のステンレスブラシを使う必要があり、炭素鋼用のブラシを使うと鉄分が付着して溶接部に異材混入が起きる。
アルミニウム合金では、表面の酸化皮膜(アルミナ)を除去する必要がある。酸化皮膜の融点は約2,000℃で、アルミニウム母材の融点660℃より高い。皮膜が残るとアークが母材に到達せず、溶け込み不良が発生する。
Step 1: 溶接機の極性設定と電流調整
極性の選択(直流機の場合)
直流アーク溶接機では、電極側をプラス(正極)にするか、マイナス(負極)にするかを選び、電極側をプラスにする接続を「正極性」または「逆極性(DCEP: Direct Current Electrode Positive)」と呼び、電極側をマイナスにする接続を「負極性」または「正極性(DCEN: Direct Current Electrode Negative)」と呼ぶ。
正極性では、電子が母材から電極に向かって流れ、電極側に約3分の2の熱が集中する。このため電極の消耗が早いが、母材への溶け込みは浅くなる。TIG溶接ではこの極性を選ぶと、タングステン電極が過熱して溶ける。
負極性では、電子が電極から母材に向かって流れ、母材側に約3分の2の熱が集中するため、電極の消耗は少なく母材への溶け込みが深くなり、被覆アーク溶接と炭素鋼のTIG溶接ではこの極性が標準となっている。
アルミニウム合金のTIG溶接では、交流(AC)を使う。正極性の半サイクルで表面の酸化皮膜を除去し、負極性の半サイクルで母材を溶融する。直流負極性だけでは酸化皮膜を除去できず、溶け込み不良が起きる。
電流値の設定
溶接電流は、母材の板厚・溶接姿勢・溶接棒径に応じて決める必要があり、電流が低すぎるとアークが不安定になってビードが盛り上がり溶け込みが浅くなる一方で、電流が高すぎるとスパッタが多発し、アンダーカットや溶け落ちが発生する。
被覆アーク溶接棒のパッケージには、推奨電流範囲が記載されている。ただしこれは下向き姿勢を前提にした数値だ。立向き姿勢では推奨値の下限付近、上向き姿勢では下限をさらに下回る電流を使う。
TIG溶接では、板厚1mmあたり約40Aを目安に電流を設定するが、母材の熱伝導率と溶接姿勢で調整が必要であり、アルミニウム合金は熱伝導率が高いため、同じ板厚の炭素鋼より高い電流を使う。
Step 2: アークの発生操作
被覆アーク溶接でのアーク発生
被覆アーク溶接では、溶接棒を母材に軽く接触させてから素早く離す「タッチスタート法」が基本であり、溶接棒を母材に対して約60〜80度の角度で保持し、先端を母材表面に軽く叩くように触れて接触した瞬間にアークが発生したら、溶接棒を3〜5mm上方に離す。
接触時間が長いと、溶接棒の芯線が母材に溶着して剥がれなくなる。この状態を「棒が噛む」と呼ぶ。噛んだ場合は、溶接棒ホルダーのレバーを開いて溶接棒を外し、溶着部をハンマーで叩いて除去する。
アークが発生したら、溶接棒と母材の距離を3〜5mm一定に保ち、溶接棒は溶融して短くなるため手元を少しずつ母材に近づけていく必要があり、距離が広がりすぎるとアークが途切れ、狭すぎると再び棒が噛む。
TIG溶接でのアーク発生
TIG溶接では、タングステン電極と母材を直接接触させずにアークを発生させる「高周波スタート(HF Start)」が標準であり、溶接トーチのスイッチを押すと高周波高電圧が発生してアークが飛ぶため、電極を母材から5mm程度離した状態でスイッチを押せばアークが発生する。
高周波スタート機能がない溶接機では、「スクラッチスタート法」を使う。電極先端を母材表面に軽く触れさせてから素早く離す。ただしこの方法では、電極先端が母材に接触するため、電極先端が汚染されやすい。汚染された電極はアークが不安定になるため、再研磨が必要だ。
MAG・MIG溶接でのアーク発生
半自動溶接では、溶接トーチのトリガーを引くとワイヤが自動送給されてアークが発生し、ワイヤ先端を母材から約10mm離した位置に保持してトリガーを引くと、ワイヤが母材に接触してアークが発生した後は、短絡とアーク再発生を繰り返す「短絡移行」またはアークが連続する「スプレー移行」に移る。
ワイヤ送給速度と電流は連動している。送給速度が速いと電流が上がり、遅いと電流が下がる。初心者は送給速度を速く設定しすぎて、スパッタが多発する失敗が多い。
Step 3: アーク長の維持と運棒
アーク長の監視
溶接中は、アーク長を3〜5mm一定に保つ必要があり、アーク長が変動するとビードの幅と高さが不均一になるため、作業者はアークの音と光を手掛かりに状態を監視し続けることになる。
アークが安定しているときは、「ジリジリ」という連続音が聞こえる。アーク長が長すぎると、「バチバチ」という断続音になる。アーク長が短すぎると、「ブツブツ」という低い音になり、溶接棒が母材に張り付く前兆だ。
アークの光も監視する。安定したアークは、明るく均一な光を発する。不安定なアークは、光が点滅し、スパッタが飛び散る。
運棒速度の調整
溶接棒または溶接トーチを溶接線に沿って移動する速度を「運棒速度」と呼び、遅すぎるとビードが過度に盛り上がって母材に入熱過多で溶け落ちが発生する一方で、速すぎるとビードが薄くなり溶け込み不良が起きる。
運棒速度の目安は、ビードの幅が溶接棒径の1.5〜2倍になるように調整する。ビード幅が狭すぎる場合は運棒速度を遅くし、広すぎる場合は速くする。
溶接姿勢別の角度調整
下向き姿勢では、溶接棒を進行方向に対して約60〜80度傾ける「前進法」が基本であり、溶接棒を垂直に保つと溶融池が見えにくくなるため、視認性と操作性の両方を確保できる角度を維持する必要がある。
立向き姿勢では、溶接棒を上向きに約80〜90度に保つ「上進法」が標準だ。溶融金属が重力で垂れ落ちるため、電流を下向き姿勢より低く設定し、運棒速度を速める。
上向き姿勢では、溶接棒を母材表面に対して約80〜90度に保つ。溶融金属が重力で落下しやすいため、電流をさらに低く設定し、溶接棒を素早く移動させる。
よくある失敗と対処法
アークが発生しない
溶接棒を母材に接触させてもアークが発生しない場合、以下の原因が考えられる。
- 溶接機の電源が入っていない、またはブレーカーが落ちている
- 溶接ケーブルの接続が緩んでいる、または断線している
- 母材とアースクランプの接触が不良で、電流が流れていない
- 溶接棒の被覆が湿気を吸って絶縁性が高くなっている
- 電流設定が低すぎる
対処法として、まず溶接機の電源ランプとブレーカーを確認し、次に溶接ケーブルとアースクランプの接続を確認して緩みがあれば締め直し、母材表面とアースクランプの接触面に錆や塗装があれば除去し、溶接棒が湿気を吸っている場合は乾燥炉で再乾燥させるか、新しい溶接棒に交換する。
溶接棒が母材に張り付く
アーク発生時に溶接棒が母材に張り付いて剥がれない失敗は、電流が低すぎるか、溶接棒を離す速度が遅いことが原因であり、電流を推奨範囲の中間値に上げ、溶接棒を母材に接触させたら素早く離す動作を練習する必要がある。
張り付いた溶接棒は、ホルダーのレバーを開いて外し、ハンマーで叩いて除去する。無理に引き剥がすと、溶接棒の芯線が折れてホルダー内に残る。
アークが途切れる
溶接中にアークが断続的に途切れる場合は、アーク長が長すぎるか、電流が低すぎることが多く、溶接棒を母材に近づけてアーク長を短くし、電流を上げる必要があり、母材表面に錆や油が残っている場合もアークは不安定になる。
スパッタが多発する
スパッタは溶融金属が飛び散る現象であり、電流が高すぎるか、アーク長が短すぎると発生するため、電流を下げてアーク長を長くし、半自動溶接ではワイヤ送給速度を遅くする。
母材表面に錆や塗装が残っている場合も、スパッタが多発する。溶接前に表面を清浄化する。
ビードが不均一になる
ビードの幅と高さが不均一になる場合は、アーク長と運棒速度が一定でないことが原因であり、アーク長を3〜5mm一定に保ちながら運棒速度も一定にする練習を重ねなければ、見た目だけでなく溶け込みの安定にもばらつきが出る。
被覆アーク溶接では、溶接棒を左右に振る「ウィービング」を行うと、ビード幅が広くなり均一化しやすい。ただしウィービング幅が広すぎると、溶け込み不良とアンダーカットが発生する。
安全上の注意点
感電防止
溶接機の二次側(溶接ケーブル側)は、無負荷時でも60〜100Vの電圧がかかっており、濡れた手袋や汗で濡れた作業服で溶接ケーブルや溶接棒ホルダーに触れると感電するため、溶接前に手袋と作業服が乾いていることを確認する。
溶接機の一次側(電源側)は、100〜200Vの商用電源電圧がかかっている。溶接機の点検やケーブル交換は、電源を切りブレーカーを落としてから行う。
アーク光による眼の保護
溶接アークは強い紫外線と赤外線を放射し、保護面または遮光メガネを使わずにアークを見ると数時間後に「電気性眼炎」を発症し、症状は眼の痛み・充血・涙が止まらない状態で、一晩中眠れないほどの痛みが続く。
溶接作業中は、遮光度番号10〜13の遮光ガラスを備えた溶接面を着用する。遮光度番号が低いと紫外線を十分に遮断できず、高すぎるとアークと溶融池が見えない。
周囲の作業者も、アーク光を直視しないようにする。溶接ブースや遮光カーテンで、アーク光が周囲に漏れないようにする。
溶接ヒュームの吸入防止
溶接アークによって、母材と溶接棒から金属蒸気が発生し、空気中で冷えて微細な粒子「溶接ヒューム」になるため、溶接ヒュームは呼吸器に入ると肺に沈着して健康障害を引き起こす。
2021年4月から、溶接ヒュームは労働安全衛生法の特定化学物質障害予防規則で「管理第2類物質」に指定された。事業者は溶接ヒューム濃度を測定し、濃度を基準以下に抑える換気装置を設置する義務がある。作業者は、事業者が指定した呼吸用保護具を着用する。
火災防止
溶接アークの温度は5,000〜20,000℃に達し、スパッタは数メートル飛散するため、周囲に可燃物があるとスパッタが着火して火災になり得るので、溶接前に周囲5m以内の可燃物を撤去するか、不燃シートで覆う。
溶接後も、母材は数分から数十分高温のままだ。溶接部に直接触れると火傷する。溶接直後の母材は、専用の台に置いて冷却する。
次にやるべきこと
溶接アークを安定して発生させられるようになったら、次は溶接姿勢別の運棒技術を習得する段階であり、下向き姿勢だけでなく、立向き・横向き・上向き姿勢でのアーク長維持と運棒速度の調整を練習する必要がある。
JIS溶接技能者評価試験の受験を目指すなら、まず「基本級」の下向き姿勢から始める。試験では、アーク長の一定保持と、ビードの均一性が評価される。不合格の主な原因はアンダーカットと溶け込み不良で、どちらもアーク長と電流設定のミスから生じる。
被覆アーク溶接からTIG溶接・MAG溶接へ移行する場合は、アーク発生の操作が異なることを理解する必要があり、被覆アーク溶接では溶接棒を母材に接触させるが、TIG溶接では高周波スタートまたはスクラッチスタートを使い、半自動溶接ではトリガー操作だけでアークが発生する一方で、ワイヤ送給速度と電流の連動関係を把握しなければならない。
アーク溶接特別教育をまだ受講していない場合は、事業者を通じて受講する。労働安全衛生法第59条と労働安全衛生規則第36条により、アーク溶接の業務に就く前に、事業者が作業者に受けさせる義務がある。特別教育は学科11時間・実技10時間の計21時間で構成され、修了証が交付される。
まずは下向き姿勢での直線ビードを、アーク長3〜5mmで50cm以上連続して引けるまで練習し、アークの音を聞き分けながらビード幅が一定になるまで運棒速度を調整することが、次の段階へ進むための基礎となる。









